ピュアファーム神内 生産者紹介


生産者紹介

プロフィール

神内 利治  ピュアファーム神内で米を作っている神内 利治です。北海道のオホーツクで米にこだわって栽培を続けてまいりました。1958年生まれの56歳です。

 20歳の時から農業生産に関わるようになり、30歳の時に自分でつくった米を自分で売りたいと思い販売を開始しました。もともと北海道の米は、全国的に評価は高くなかったのですが、今つくっている「ゆめぴりか」は、日本で生産されている米の中でも味のよい、うまみがある米であることがわかり、今こそ米作りの楽しさを満喫し始めたという感じがしています。

趣味等

○欠かさずにみているテレビ番組:「水戸黄門
○趣味:音楽:ギターを弾いてきました。エレキギターを持ってジャズ・フュージョンのバンドをやっていた時期もあります。好きな音楽はどちらかというと個性的な古内東子さんです。

人々の出会いと自分

ピュアファーム神内周辺の景観のパノラマ写真

 、部屋の窓のブラインドを開くと一面に雪景色模様に変りもうこんな季節到来かと時の早さを実感する中で今年を振り返ればあの猛暑続きは何だったんだろうと、米の販売を始めてから二十三年目を迎え様々なことを脳裏に描き外を見つめていました。

 販売の取り組みのスタート品種は「ゆきまる」だったと思います。当時は減農薬とか有機という基準も制度もなく書類申請で自分で米が販売できるという歴史的な改正を受け、自分としては漠然とした目標を発見できたという満足感で一杯でした。

 しかし、デビューは散々たる結果でした。当然販路といっても地元の自分の知人友人関係、言葉ではお褒めの感想を頂ながら陰では食味に関して非難の嵐、挙句の果てに同業者からもなぜか罵声を浴びる結果に至るのです。その要因はなんてことない、消費者の皆さんがはるかに自分たちよりもいいお米を食べていたこと、流通米ながら新潟のこしひかりを口にしていたことでした。それでも頑張っているんだからと米を買って頂き、財布からお金を差し出す皆さんの目の輝きを今でも忘れません。

ピュアファーム神内周辺の景観のパノラマ写真

 北海道米はその後、農業試験場研究員の皆さんの努力の賜ものから品種改良に成功し今では品質においても日本の米王国になる位置付けにまでに。そして自分はこんな偉そうなことが言える立場ではありませんが、ここオホーツクは冷涼な環境が生まれるクリーンさでは農薬成分で三成分が可能な地域でもあります。現代は特別栽培、有機の基準が明記される時代と化し、確かなクリーン米を求めて都会の人々と出会う機会も増えています。

 お米を通した人々との出会いは、気がつけば自分も変ってきたこと、なにより食に対する考え方を逆に教えてもらい育まれてきたという実感があります。常にこちらかの一方通行ではなくて消費者の皆さんからの受け答えがあり、理想的な二方通行になることでした。例えば、ある方には九州の農家さんが書いた本を紹介され是非読んでもらいたいとわざわざ東京から電話で教えて頂き、あらためて自分の取り組みが間違いではなくより生きる人としてスケール感を与えてくれたことでした。

 こんなことは決してこの世でお金では買えるものではなく、教えてくれるものでもないと痛感して、人の出会いに感謝しているところです。食べ物は人の人格や感情を形成するもの、人が食べ物をつくるにはだからやさしい自然なものをつくるものであると、その根底にはこの世の全てが支えあっているということ、これが二十三年間で得た最大の目標だったのではと自分に問いかけている毎日です。

「特別栽培農産物及びその加工食品の認定運営要領」第8の3による栽培責任者の認定書(PDf)

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